【全11回】革新を創造する。次世代経営者とビジョン②

<連載第2回:事業をおこしたキッカケ>

インターネットの発達によって産業構造が大きく変化している時代の中で、経営に求められるものも同様に大きく変わってきています。そんな中、注目を集める次世代経営者の方々はどのような考えでイノベーションを起こそうと努力されているのでしょうか。

2017年12月に北海道帯広市にて開催を致しました「ファームノートサミット2017 Winter」にて、有限会社一平(九州パンケーキ)村岡代表と株式会社BAKE 長沼会長にそのお考えや目指すビジョンについてお話を伺ったパネルディスカッションです。

スピーカー

有限会社一平 代表取締役 村岡 浩司 氏
株式会社BAKE 会長 長沼 真太郎 氏


モデレーター

株式会社ファームノートホールディングス
代表取締役 小林 晋也


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事業をおこしたキッカケと味わった挫折


<長沼氏>
北海道の方がたくさんいらしゃっるので知っている方も多いと思うんですけど、「きのとや」っていうお菓子屋さんが札幌にあるんですけど、父親が経営をやってまして、元々お菓子屋の息子なんですよ。なので、元々実家が商売をやっていますので、学生の時から会社をやりたい、自分でやってみたいと思っていました。

<モデレーター:小林>
学生の時から思っていたんですか?

<長沼氏>
はい、学生時代から思っていました。大体、中学校とか高校ぐらいの時からですかね。
親からも自分でやったほうがいいぞって言われていましたので。大学を卒業して、商社に入りまして、商社を辞めて、まず上海で会社を作ったことがあるんですよ。上海でお菓子屋を。

結果的には大失敗をしてしまったんですけど、その時に上海でお菓子屋をやろうと色々と中国で活動していた時に、北海道のお菓子のポテンシャルをすごく感じたんですね。本当に求められているというか、食べたことはないんですけど、北海道のお菓子ってすごいおいしいんだよね、素晴らしいんだよねっていう方がすごく多かったんです。

ふと北海道のお菓子屋さんを見てみると、父親のお菓子屋もそうなんですけど、北海道のお菓子ってお土産が主力なんですよ。なので北海道で売らないと価値がないんです。北海道以外で販売してしまうと、価値がないので北海道以外でお菓子を販売しないんですね。

これってものすごい勿体無いと。こんなにポテンシャルがあるのに。より多くの人により多くのマーケットでお菓子を販売できたらいいのになっていう思いで、4年半前に原宿にひとりでアパートをかりて株式会社ベイクをつくりました。

<モデレーター:小林>
何故、上海に会社をつくったんですか?

<長沼氏>
上海は元々商社で働いていた時に、香港の投資家の女性が上海で大規模な牧場プロジェクトをやると、オーストラリアから中国に5,000頭の牛を運んで、そこで生乳を作って、乳製品を使ったお菓子屋をやりたいと。「お金を出すので、お前の実家はお菓子屋だろ?できるだろ?と。北海道のお菓子であれば何でもいいから、上海でお菓子屋やれ」っていうお話をもらったのが上海に行った理由です。

<モデレーター:小林>
その上海の方は随分気軽にというか、ライトすぎるような気がするんですけど・・・

<長沼氏>
私自身も完全に考えが甘かったですね。

<モデレーター:小林>
その経験が会社を作るにあたって、活きたんですか?

<長沼氏>
そうですね、とても活きました。
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(写真:長沼氏)

当時上海でやろうとしていたお菓子屋は、多種類の商品を出そうと想定していたんですよ。且つ中国で自分たちでパティシエを採用して作ろうと思っていましたが、もう大変なんですよ。海外でそれを実現するのが。

なのでその上海の経験で学んだのは、より多く拡大していくためにはビジネスモデルをものすごいシンプルにしないといけない。つまり商品をひとつに絞り込むだとか、商品を作るにしても現地で作るのは大変なので、まとめてセントラル工場を北海道に作って最終工程だけ海外でやるだとか、そうしたほうが拡大性がある、そういう仕組みづくりをしたほうがいいっていうのはすごい学んだことですね。

【全11回】<連載第3回:事業をおこしたキッカケと味わった挫折②>

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